発表題目:自然主義的な道徳実在論に基づく道徳的知識の批判的検討
北海道大学大学院 修士課程2年 小林知恵
現代の道徳認識論の中心をなす問題として、「道徳的知識は存在するのか(しうるのか)」という問いが存在する。古典的な知識の定義(行為者SがPを知っているのは、(1)SがPという信念を持っており、かつ(2)SのPという信念は真であり、かつ(3)SのPという信念は正当化されている場合であり、その場合に限られる)に依拠し、「道徳的知識とは、正当化された真なる道徳的信念である」という定義を採用した上で、自然主義的な道徳実在論に基づく道徳的知識を批判的に検討する。ゆえに、扱う知識の範囲を命題知に限定し、徳倫理学理論などと結びついている実践知については取り上げないことをお断りしておきたい。「真理」「正当化」「信念」が意味するものを理解する仕方によって、道徳的知識の定義に多様な解釈を加えることができる。例えば、「道徳的言明は話者の態度を表している」とする表出主義者は道徳的知識の存在を主張できないように一見思われるが、真理のミニマリズムを採用することによって自身のメタ倫理学上の立場と道徳的知識が両立すると主張している。本発表ではこの表出主義をめぐる論争には立ち入らず、道徳的事実の存在を認め、道徳的知識の対象を道徳的事実と解する道徳実在論に基づく道徳的知識のみを検討の対象とする。
道徳実在論に基づく道徳的知識の説明は、大まかに三種類に分類することができる。(a)道徳的知識は神学に基づくものである、(b)道徳的事実は神的でも自然的でもなく、独特の仕方で(直観的)に知ることができる、(c)道徳的事実は科学的に探求される自然界の一部をなすものであり、観察によって知ることができるとする三つの立場がある。本発表では、これらのうち(c)の自然主義を主に扱うが、さらに還元主義的自然主義的実在論とD. ブリンクの非還元主義的自然主義的実在論に分類しそれぞれに対して批判を加えていく。具体的には、前者の問題点として、還元による説明を以てしても、なお自然的な事実と規範の間に埋められるべきギャップが存することを指摘する。後者の問題点としては、科学哲学の領域において受容されている道具主義的な真理概念を道徳認識論に適用することが困難であることを指摘する。すなわち、道徳認識論においてはある特性が最善の説明に役立っているからといって、その特性を支える信念が正当化されるわけではないということを指摘することによって、ブリンクの非還元主義的自然主義的実在論に対する批判を提示することを試みる。