発表題目:『純粋理性批判』における原則について
:東京大学大学院 人文社会系研究科 基礎文化研究専攻(哲学)博士課程 岩井 拓朗
本発表は、『純粋理性批判』(以下『批判』)「純粋悟性のすべての原則の体系」におけるカ ントの考えを明らかにし、時間空間とカテゴリーの関係についての理解を前進させることを目指す。哲学の歴史において認識とその対象との関係は繰り返し問われてきた問題だと言える。この問題に対して、独自の方針に基づいて解答を与えようとしたのがカントの『批判』である。認識の対象成立を、私たちの認識能力と不可分なものとして考えるというのが彼の基本的な方針であり、これは今日では「コペルニクス的転回」の名で知られているだろう。このカントの方針はマ クダウェルの仕事により新たな光を当てられ、再び注目されるようになったと言える。
こうした背景の下で実際の『批判』の記述に目を向けてみると、時間空間とカテゴリーを関係させるというアイデアに私たちはぶつかる。時間空間は直観形式として、私たちが対象に出会う仕方という形で特徴づけられている。他方カテゴリーは私たちの概念的な能力の中核的なはたらきに由来するものという形で特徴づけられている。したがってこのアイデアは、概念的な能力の下で対象との出会いを考える方向性をもっていると言えるだろう。そしてこのアイデアの重要性は、カント解釈の文脈にとどまらず、認識と対象との関係に関する問題圏にまで及ぶと思われる。
しかしこうした重要性にも関わらず、そのアイデアの内容はそれほど明らかにされていないのが現状である。背景の一つには、「原則の分析論」内の「純粋悟性のすべての原則の体系」という箇所が正確に理解されていない状況があると思われる。ここは、原則と呼ばれる一連の命題がカテゴリーに対応する形で導入され、これによって問題のアイデアが比較的具体的に展開されている箇所である。したがってこの箇所の理解は、問題のアイデアの評価に直結すると言える。そして当該箇所の理解のために必要なのは、こうした命題の位置づけや、そこでのカントの狙い、そして カントが採用している戦略についての正確な理解である。しかし発表者の見るところ、これらの要素はしばしば看過ないし誤解されており、その結果問題のアイデアの正体が見えにくくされているように思われる。
そこで本発表はこれらの要素をカントの記述から明らかにし、それによって時間空間とカテゴリーとの関係に関するアイデアの理解を前進させることを目指す。「純粋悟性のすべての原則の体系」でカントは何をやろうとしたのか。彼はそこで何をどのようにして達成したのか。これらの問いに答えることが本発表の課題である。本発表は、まず「経験」や「客観的妥当性」などの基 礎的な術語の理解から出発する。これによって当該箇所で原則を導入したカントの狙いが理解されるだろう。また問題のアイデアの内容に関しては、限定的ではあるものの、原則の一つである 「直観の公理」に注目し、時間空間(特に空間)とカテゴリーの関係としてカントが考えようとした事柄の内実をある程度まで明らかにする予定である。その際にはカントが時間空間とカテゴリーの関係を明らかにする際に採用した戦略への着目が必要になるだろう。