発表題目:『ジャン=リュック・ナンシー『声の分有』読解
―ハイデガーとデリダの交錯のなかで―

伊藤 潤一郎(早稲田大学)

 ジャン=リュック・ナンシーは、フィリップ・ラクー=ラバルトとともにデリダ派と称され、デリダの思想から大きな影響を受けて思索を始めた哲学者であり、その思想の最大のテーマは共同体についての問いである。ナンシーが共同体についての思考を始めたのは、『無為の共同体』(1986)の雑誌初出年である1983年頃とされているが、本発表で読解の対象とする『声の分有』は、1982年に出版され、「分有partage」という語が共同体との関係で初めて語られたテクストである。そこでの中心的なテーマこそガダマーをはじめとする解釈学批判なのだが、解釈学批判が最終的に共同体の問題系に接続されるところに特徴があり、『無為の共同体』に先立つナンシーの共同体についての最初期の思考が表れているテクストだといえる。
 『声の分有』においてナンシーは、近代解釈学が意味の根源を想定し、解釈学的循環を通じて、最終的に意味の十全な現前を目指していることを批判する。このような意味の根源を想定しない解釈学的循環の可能性を見出すために、ナンシーはまずハイデガーの『存在と時間』における解釈学的循環の議論を読解する。現存在と存在の関係において、存在は意味の根源ではなく、現存在との関係としてのみあり、現存在にはつねに他なる意味が告知される。『存在と時間』における現存在と存在の関係を、他なるものへの開けと解釈するナンシーの読解には、デリダの「差延」、「痕跡」の思考の影響が見られる。そしてデリダの思想とハイデガーの思想の交錯する地点に立ちながら、ナンシーはプラトンの『イオン』の読解へと向かう。ナンシーは吟誦詩人の特異な能力をめぐるこの対話篇を、特異な声の受容と告知の連鎖として、差異をともなった複数の声の伝達として読解する。そしてこのような声の分有としての共同体が提示されるのだが、ここにおいてもデリダの「差延」、「痕跡」の思考の影響が見出されるのである。
 『声の分有』におけるナンシーの議論をこのように整理していくことによって、ナンシーの共同体についての最初期の思想の輪郭を明らかにすることが本発表の目標の一つである。そしてそこでは、ナンシーの思想に大きな影響を与えた哲学者として挙げられるデリダとハイデガーのナンシーへの影響を垣間見ることができるだろう。分有という語が共同体との関係で初めて語られるテクストにおいて、その語が現れる背後にハイデガー、デリダの思想があったことを明確にしたい。「ナンシーとデリダ」、「ナンシーとハイデガー」という思想史的テーマは非常に大きなテーマであるが、その一端を明らかにすることが本発表のもう一つの目標である。