発表題目:行為の理由に関する選言節の検討

鈴木 雄大(東京大学)

 知覚の哲学における「選言説」という立場が近年注目を集めている。その立場の主要な 論点は、知覚と非知覚的な経験(以下その代表を幻覚としよう)の間に共通部分があると いう「共通項原理」を否定することにある。それによって選言説は、知覚の対象は外的世 界に実在する対象ではなく、主観的なセンスデータであるとするセンスデータ論を退ける のである。これと同様の議論の構造が、行為の理由に関する議論にも見られるとして、さらに最近いくつかの哲学者の注目を浴びている。本発表の主旨は、この行為の理由に関する選言説をめぐる既出の論考を整理し、それに検討を加えることにある。
 だがその前にまず、行為の理由に関してどのような哲学的問題があるか、その問題に対して選言説がどのような種類の立場であるかを確認したい。行為の理由に関する問題としては、行為の理由がいかなる存在者かという問題がある。行為論における標準的な理論となっているデイヴィドソン流の因果説は、行為の理由を行為者の心的状態(欲求や信念)とする点で「心理主義」と呼ばれる。心理主義によれば、たとえば虫を追い払うために相 手の背中を叩いたとき、その行為の理由は「背中に虫がいたと思った」という行為者の心的状態である。それに対して、「背中に虫がいた」という外的な事実を行為の理由とする反心理主義の立場が近年盛んになっている。この両者の対立は、行為論における大きな対立点である因果説と反因果説の対立にも無関係ではない。というのも、行為の理由が行為 者の心的状態であれば(心理主義)、行為とその理由の関係が因果的である(因果説)と 考えることに無理はないが、行為の理由を外的な事実とすれば(反心理主義)、行為とその理由の関係は因果関係以外のものである(反因果説)と考える方向に流れやすいからである。
 さて、では行為の理由に関する選言説は、行為の理由がいかなる存在者かという以上の問題に対して、どのような種類の立場なのだろうか。それはいわば心理主義と反心理主義の中間に位置するような立場である。一般的に行為の理由に関する選言説は、行為の理由を、行為者の信念が真のときは外的な事実とし、偽のときは行為者の信念とする。そのように考えることが可能なのは、行為者の信念が真のときと偽のときとで行為の理由には共通部分がなければならないという、上記の共通項原理に相当するものを選言説が否定しているからである。心理主義はセンスデータ論に、反心理主義は知覚に関する志向説に相当すると発表者は考える。
 以上の議論状況を踏まえた上で、行為の理由に関する選言説をめぐって出された論考を整理し、それに検討を加える。選言説の支持者としてはJ. ホーンズビーを、反対者としてはJ. ダンシーを、それぞれ代表として取り上げる。発表者は、ダンシーの反心理主義の方に説得力を感じている。