発表題目:社会科学・行動科学における科学的実在論 ―Troutの測定実在論の批判的検討―

名古屋大学大学院情報科学研究科 太田 陽

 本発表では、科学哲学者J.D.Troutの唱える科学的実在論の1ヴァージョンである「測定実在論(Measured Realism)」を取り上げて、従来、科学的実在論論争において提案されてきた実在論のいくつかの立場との比較をおこなう。また測定実在論が反実在論からの批判に答えられているかどうかを考察する。
 科学的実在論論争の中心は、科学理論で措定される観察不可能な対象が存在するのかどうかという問題であった。Troutによれば、その論争のなかで従来の実在論の立場はもっぱら物理学を典型例とする成熟した科学を扱っており、社会科学・行動科学のような未成熟な科学の状況をうまく説明することができていないと言う。
 一方でTroutは、社会科学は未成熟ながらも定量的な研究方法を採用(たとえば、心理学における統計をもちいた心理測定法の使用など)することによって、科学としてある程度の成功をおさめているとみなす。そして、この成功を説明するために、社会科学でおこなわれている測定にかんして実在論の立場を採る。Troutが自ら「測定実在論」と呼ぶ彼の主張は、以下のテーゼからなる。(1)社会科学の定量的な方法のうちのいくつかは、理論によって措定された対象を検出・同定しており、(2)社会科学の理論は、その方法によってときどき確証されている。(3)その確証関係は「認識的に一口大」であり、それゆえ理論のある部分は確証にかんして外的な「脂肪」のようなものである。(4)社会科学の理論によって記述される実在はその実在の認識主体としての私たち人間から独立である。
 測定実在論は、Boydに代表されるロバストな実在論と、Hackingに代表されるミニマルな実在論の中道を行くとされる。ロバストな実在論は、成熟した科学において理論語は指示し、理論は近似的に真であることを主張する。ミニマルな実在論は、操作可能な理論的対象の存在のみを主張し、理論の近似的真理にはコミットしない。これら既存の立場と比較すると、測定実在論は、社会科学における測定の結果を因果的に引き起こす何らかの構造/傾向性の存在にのみコミットメントを限る点で、ロバストな実在論に比べて弱い主張である。一方で測定実在論は、社会科学の理論一般の近似的真理にはコミットしないが、局所的な法則的一般化の近似的真理にはコミットしており、ミニマルな実在論に比べて強い主張であると言える。このように中間的な穏当な主張をおこなう測定実在論が、他の立場と比べて社会科学の実態の説明として妥当と言えるのかどうか評価をあたえる。
 また、測定実在論は、奇跡論法に類する最良の説明への推論にもとづいて実在論を擁護する。すなわち、さまざまな測定方法による結果の一致や、歴史的な測定手続の改良といった、社会科学における定量的な研究方法の成功を最もよく説明するのは、実在論であると主張する。このような実在論擁護のための最良の説明への推論はBoydによって正当化が試みられているが、これは論点先取であるとして反実在論者によって批判されている。Troutはこの批判にたいして社会科学の局所的な法則が理論から独立していることを根拠にして応答を試みている。この応答の成否についても評価をおこなう。