発表題目:自然の美的鑑賞における認知モデル―生態学的知識の観点からの批判的検討―

東京大学人文社会系研究科修士課程2年 青田 麻未

 本稿の目的は、環境美学における自然の美的鑑賞モデルのひとつである認知モデルについて生態学的知識の観点から検討を行うことで、このモデルの乗り越えるべき問題点を明確化し、その批判的な発展形である<制限的認知モデル>の可能性を示唆することである。ここでいう認知モデルとは、<自然を美的に鑑賞する際には自然に関する知識が重要な役割を果たす>と考える立場である。認知モデルは、環境美学という分野の成立そのものと内在的に関係している。
 環境美学の勃興の背景には、美学内的な要請と美学外的な要請が存在していた。第一に美学内的には、自然の美学の復権が要請された。たとえば、英米環境美学者の嚆矢とも言うべきロナルド・ヘプバーンは、19世紀以降の西洋美学がその対象を芸術に限る傾向にあったことに対し、自然もまた再考する価値ある対象だと主張した。彼はその際に、自然を芸術作品のようにではなく、まさに「自然として」鑑賞するために求められる条件として、科学的真実の必要性を求めた。第二に環境美学は、美学外的な意味で、環境保護論によって要請された。アルド・レオポルドに典型的にみられるように、北米の環境保護論は美と密接な関係を築いてきた。そうした論調を受けて勃興した環境美学にあって、自然に対する倫理的判断と美的鑑賞を架橋しているのが、生態学の知識に代表される科学的知識なのである。こうした歴史的経緯によって、科学的真理・知識を重視する認知モデルが重要なものとして注目されることとなる。
 認知モデルの代表的な論者であるアレン・カールソンは、<自然の適切な美的鑑賞においては、対象に関する常識的/科学的知識が必要である>という論を展開した。この常識的/科学的知識の中でも特に重要なものとして、生態学的知識が挙げられる。これはカールソンに続くその他の認知モデルの論者(たとえばYuriko Saitoなど)にもおおむねあてはまる傾向である。そこで本稿では、生態学的知識に注目することで認知モデルを検討し、その問題点を指摘する。
  第1節では、生態学的知識に注目した際の美的鑑賞の対象をめぐる問題について論じる。生態学的知識に注目すると、その美的鑑賞の対象が生態系全体となることにつながりかねない。また、それを避けて美的鑑賞の対象を個々の事物に限定しても、その際に美的なものは当の事物であるのか、あるいはその事物が持つ生態学的な秩序であるのかは不明なままである。第2節では、生態学的知識が我々の知覚を変容させることが正しいとして、その変容は美的な変容と呼べるのかという問題について論じる。認知モデルの論者は、我々が知識を持って対象を鑑賞することではじめて見出される美的性質があると主張するが、これが本当に美的であるのかについては十分な論証がなされていない。第3節では以上の問題点を指摘している先行研究への再反論を通じて、今後なされる課題としての<制限的な認知モデル>の構築の可能性を示唆し、認知モデルそのものを棄却する必要はないと結論づける。