妄想についての信念説は擁護可能か?

宮園 健吾(東京大学)

 妄想についての信念説によれば、妄想は一種の信念である。すなわち、「CIAのエージェ ントが常に私を狙っている」という妄想を持っている人は、「CIAのエー ジェントが常に私を狙っている」と信じている。妄想についての信念説は精神医学におけるデフォルトの立場であり、DSM-IVにおいても妄想は一種の信念として 規定されている。妄想についての信念説は、しかしながら、心の哲学において広く受け入れられている信念についてのスタンダードな機能主義と対立してしまう。多くの妄想が実際に果たしている機能的役割はあまり信念的でないことが知られているのだが、他方で、スタンダードな機能主義は信念的な機能的役割を実際に果たすことを、ある心的状態が信念であるための必要条件と見なすからである。妄想についての信念説とスタンダードな機能主義との対立に際して、もし信念説が擁護可能な立場であるとするならば、その擁護というのはどのようなものになるのだろうか、そのひとつの見取り図を提示すること、これがこの発表の目的である。
 この対立に際して信念説が擁護可能であるとするならば、そのための可能な戦略は、大きく分けて、2つある。(1)対立それ自体を消去する。すなわち、確かに、信念説とスタンダードな機能主義との間には対立があるように見えるが、実は、詳しく観察すれば、そのような対立は存在しなかった、ということを示す。 (e.g. (Bortolotti 2009), (Reimer 2011))(2)スタンダードな機能主義を改訂する。すなわち、スタンダードな機能主義 は確かに信念説と対立してしまうのであるから、スタンダードな機能主義に代わる、信念説と対立しないような別の信念の理論を提示する(e.g. (Bayne 2011))。私はこの発表において、(1)の戦略は上手くいかず、上手くいく戦略があるとすれば(2)である、と論じることになるだろう。具体的には、私は、 スタンダードな機能主義に代わる信念の理論として、「TAF (Teleo-Attitude Functionalism)」という理論(一種のノンスタン ダードな機能主義)を提示する。TAFは、スタンダードな機能主義とは異なり、信念の機能的役割を目的論的な役割と見なすことによって信念における機能不全 (malfunction)を許容する。信念における機能不全とは、ある心的状態が信念的な機能的役割を実際には果たしていないにも関わらず、信念的な機能的役割を果たすべきであるがゆえに、その心的状態が一種の信念としてカウントされるようなケースのことである。本発表では、TAFを下敷きにして実際に信念説を擁護していくための具体的なステップ、課題、見通しなどについても可能な限り論じたい。