デカルトの心身理解と身体教育の理論的前提
—人間身体の生成と存立へ向けて—

林 洋輔(筑波大学)

 本発表は、ルネ・デカルト(Rene Descartes 1596-1650)の思想研究を方法とすることで、体育学とりわけ体育哲学分野において論議となっている問題の解決を試みる。具体的には、人間身体の生成を目指す身体教育(体育)における被教育者の心身関係が拠って立つべき理論的前提を明示することである。結論的には、デカルト哲学における「実体の合一」および「心身の合一」概念が心身関係の理論的前提であるという主張を提示する。本研究が導く結論は、従来の体育(学)的心身関係論議に一定の終止符を打つと共に、これまで「心身二元論」の元凶として否定すべき対象とされてきたデカルト思想を再評価することに繋がるはずである。また、本発表は、デカルト哲学に内在する論理を方法的に援用することで、「教育哲学としてのデカルト思想」構築に向けた予備作業としての性格をも有する。
 体育哲学の研究史では、人間身体の生成における心身関係のメカニズム解明が求められて来た。この問いは「体育」概念の究明と並び、現在も斯界に存立し続ける問題である。しかし、従来の体育的心身論では、論議を出立させる理論的前提についての検討がなされなかったため、議論が錯綜して未だ学的基礎づけは果たされていない。また、学校体育を始め、いわゆる教育現場に対する説明責任という点からも、さらに体育教師の心身観および人間観に及ぼす影響という点からも、心身関係論を等閑視することの差損は、身体教育の理論と実践双方にとって極めて大きいように思われる。
 上記の問題に対し解決への見通しを与え得るのはデカルト哲学である。彼の心身関係論は、超分野的に誤解を受け続けて来た過去があり、例えば、所謂「心身二元論」を彼の哲学体系総てにわたり貫徹したとする見解は誤りである。また、体育哲学の分野では、デカルト心身論が無根拠に退けられて来たが、しかし、彼の心身理解は体育の原理論構築へ向けた有益な知見を胚胎すると言えるのである。ここでは、デカルト心身論に関するデカルト自身のテキストを精査することで、その内実が体育における心身論に対する理論的前提たりうることを明らかにする。
 今発表では、「心身の実在的区別」の再考を基に、まず「日常世界」に対する彼の思想に着目し、その次元での心身論について、テキストの内的連関に依りつつ明らかにする。さらに、ここで彼の唱える「心身の不可分な合一」および「心身の合一」概念を定立することで、それが身体教育における心身関係の理論的前提たりうることが示される。また、体育哲学に対しては、デカルト研究史に定説化している(「二元論」とは異なる)「二元性論」を提示し、デカルト哲学が斯学を根底で支え得る枢要な思想たり得ることを証示する。
 上記の結論から、身体教育における心身関係論を議論する前提の確保、ならびにデカルト哲学の教育論的展開を拓く可能性が期待されよう。(なお、本発表は、本年9月に行われる第61回日本体育学会のために準備された予稿に基づいている。)