規則のパラドックスにおける非還元主義的応答は何を問題とすべきか ――クリスピン・ライトの応答を手引きとして(仮題)

本多 肇

 S・A・クリプキ『ウィトゲンシュタインのパラドックス』 (※1)は、後期ウィトゲンシュタイン『哲学探究』の捉え難い立場を明晰な形で定式化して見せ、衝撃的な結論を導き出したことで有名である。クリプキの議論はウィトゲンシュタインの解釈としては間違いである、というのが大方の論者の共通した見解であるが、解釈を離れてそれ自体として独立した価値を持つということも一般に認められてきた。本発表では「規則のパラドックス」ということで、ウィトゲンシュタイン解釈を離れたクリプキの議論を考える。
 クリプキが引き出した結論とは、われわれが言語によって何かを意味しているという事実は存在しない、というものである。クリプキはこの結論を、意味しているという事実を構成すると考えられるさまざまな候補を順次論駁していくことで、引き出している。発表題目にある「非還元主義的応答」とは、このクリプキが論駁している様々な候補のうちの一つに当たるものである。非還元主義によれば、意味しているという事実は、物理的な事実やその他の種類の心的事実などに還元できない、独特な種類の、非還元的な事実として存在するのである。本発表では、非還元主義的応答を代表する論者としてクリスピン・ライトを取り上げる。 (※2)
 本発表の目的は二つある。一つは、クリプキの定式化した規則のパラドックスがどのような問題であるのかを明確にすることである。もう一つは、この作業を通じて、非還元主義的応答の利点と問題点を明らかにすることである。
 非還元主義的応答の問題点を明らかにする中で、余裕があれば、次のような展望についても触れたいと考えている。先に述べたように、クリプキの定式化した規則のパラドックスはウィトゲンシュタイン解釈としては間違いであるというのが一般的な見解である。ここで、この、解釈としての間違いは、ウィトゲンシュタインはクリプキの引き出した結論を受け入れていない、ということに基づいて主張されることが多い。しかし、ライトが示唆していることであるが、ウィトゲンシュタインの議論は、結論だけでなく、問題としてもクリプキと異なる可能性がある。これらのことから、規則についてのウィトゲンシュタインの議論をさらに検討する余地があること、クリプキの定式化した問題ではない規則の問題が存在するのではないか、ということを考えている。ウィトゲンシュタインの考察に端を発する規則の問題が、どのような射程を持つものであるのかを、解釈とは別に事柄として十分に明らかにする、ということがこれからの展望である。

(※1)Kripke, S.A. 1982. Wittgenstein on Rules and Private Language, Harvard U.P.(邦訳 『ウィトゲンシュタインのパラドックス』黒崎宏訳、産業図書、1983年)

(※2)Wright, C. 1989. “Wittgenstein’s Rule-Following Considerations and the Central Project of Theoretical Linguistics”, in Reflections on Chomsky, A. George (ed.), Blackwell; reprinted in Wright, C. 2001. Rails to Infinity: Essays on Themes from Wittgenstein’s Philosophical Investigations, Harvard U.P.