「科学的実在論の論争と最良の説明への推論」
野内玲(のうち れい/名古屋大学)

 科学的実在論の論争においては、実在論者の「最良の説明への推論Inference to the Best Explanation」が最大の争点となる。反実在論者からの反論は、実在論者がIBEによって導く結論が妥当ではないこと、IBEそれ自体を正当化することができないこと、という二つの点に集約する。反実在論からの有名な反論としては、ラウダン(Laudan)の悲観的帰納法と、フラーセン(van Fraassen)の構成的経験主義がある。
 本論では、実在論者がIBEを基にして行う主張を確認し、反実在論者達から提示された上記のような反論に対して、実在論がどのような応えを与えるのかを考察する。主として取り上げるのは、伝統的実在論をできるだけ擁護しようとするシロス(Psillos)の議論と、伝統的実在論の主張を弱め、その対案として構造実在論を主張するウォラル(Worral)とレディマン(Ladyman)の議論である。構成としては、はじめにシロスvsフラーセン、次いで構造実在論vs悲観的帰納法といった形で実在論者の応答を考察していく。
 本論では、次のことを結論として主張する。シロスの議論を受け入れるにしろ、ウォラルらの立場を取るにしろ、実在論者はIBE自体を正当化することができない。したがって、IBEに依存した形での実在論的主張を行う限り、彼らの議論は反実在論者をまったく納得させるほどに十分な反論とはなりえない。